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01 31(火)
ベトナム・カンボジア旅行記 4日目(5)
[ 旅行記:Travel]
タ・プロームは、なんといってもジャングルに侵食されたその姿が有名な遺跡だ。いたるところで竜樹が根を伸ばし、きつく組まれた石の間に食い込んでその一部と化している。そのままにしておけば木の成長とともに遺跡は崩れ、木を切ってしまえば残った根は腐ってやはり崩壊してしまう。あとはもう崩れ落ちるのを梁で支えるのがやっとだ。(それはそれで見た目が悪いわけだが。)
かつて回廊があった部分だが、完全に崩れ落ちてしまって、その元の姿を思わせるものは何もない。
残された建物にはまだ美しいレリーフが残されている。(ところもある)
昼食はシェムリアップ市街の「THE SAMAR」というホテルのレストランでいただく。日本のガイドブックとかには載ってないのだが、TripAdvisorあたりでは欧米人になかなかの人気だ。こちらで「ウェスタン料理」の昼食なのだが、早い話が洋食だ。
カンボジアは、歴史からいえばフランスの影響が濃いところであるはずなのだが、ホーチミンで時折感じるような「フランスっぽさ」はあまりない。こちらの料理もフランスというよりイタリアっぽい雰囲気であった。
このあとは一旦ホテルに戻ってしばし休憩。炎天下ではないものの、熱帯を歩き回っているのだから少々疲れるのである。
つづく
01 17(火)
ベトナム・カンボジア旅行記 4日目(4)
[ 旅行記:Travel]
バイヨンから降りてきた。
一番外側の回廊は、最初に見学したところ以外は無くなってしまっているところも多い。
バイヨンの周囲には、そこにあった建物の残骸なのだろう、大小の岩くれが放置されているだけのところもある。一部番号が記入されいるものもあり、いつしか再び組み上げられる時を待っている。
ここからしばらくはお散歩圏内を歩いて移動する。隣の遺跡「バプーオン」は修復中とのことで内部を見ることはできない。なのでその立派な空中参道だけを見学する。前日に行った遺跡でも遺構はあったが、ここはまだ歩いて渡れる。
下を覗くとこんな感じ。
そのさらにお隣が「象のテラス」。文字通り像のレリーフで全体が飾られたテラスだ。先ほどの空中参道から連続している感じ。
古代の象は、強力な戦闘兵器であり、唯一無二の重機であり、かつ優秀な運搬手段であった。その維持にかかる経費を考えても、権力の象徴の一つであったことは想像にかたくない。
そんな象の群れをかたどったのが「象のテラス」、そこからガルーダが支えるテラスを渡ると「ライ王のテラス」に繋がっている。
テラス前には広場が広がり、正面が真東。そちらに向かって伸びる大通りの先には「勝利の門」と呼ばれる門があり、いわば凱旋門だったのではないか、と言われている。そうともなれば、この「王のテラス」は凱歌をあげて戻ってきた軍団を迎える場であり、広場に集まった群衆に高らかに勝利を叫ぶ場所だったのだろう。と、いうのはおそらく想像なんだろうが、そんな説明がすんなり納得できる光景ではあるわな、これは。
こちらがその「ライ王」ご本人。ライ病にかかったといわれているからから、ライ王なんだとか。
テラスの切れるあたりからは、お土産のもやドリンク類を売る店が並んだゾーンになっている。喉を潤し、水を補給して、ついでにトイレ休憩。アンコール遺跡のチケットがない場合、観光客用のトイレは有料なんだそうだ。
地元の子供達がケンケンパ的な遊びをやっていた。本来であれば、子どもは勉強と遊びを頑張っていればいい(お土産とか売る必要もなく、ね。)
この辺りからは再び車に乗っていったんアンコールトムの外へ出る。ライ王のテラスから東進し、「勝利の門」を出て向かうのは「タ・プローム」遺跡だ。
そうそう、かつては猛る獣であった一族も、いまはぶらり観光客を乗せて、ぶらり。
つづく
01 09(月)
ベトナム・カンボジア旅行記 4日目(3)
[ 旅行記:Travel]
バイヨンの頂上でしばし散策。ぐるり一周できるがどこも人だらけだ(笑)。少なくとも塔の人面より生身の人間の方が多いのは確かだ。しかもあいつら、写真撮り始めたらいつまでたっても動きゃしねぇ。モデルの撮影会やってんじゃねぇんだよ。何枚写真とったっておまいらはアイドルにゃなれねぇんだよ……などと思いながらも。
塔の内部から上を見上げるとこんな感じ。かつては屋根があったようだが、それらは木造だったので朽ちて無い。低い建物の場合は、石造りの屋根が残っているところもある。
見下ろすと、回廊の屋根が残っているのがわかる。
さて、登ったからには降りなければならない。ノボリよりクダリがきついのはどこでも同じ。バイヨンでもまた同じ。急勾配の階段を、えっちらおっちら降りていく。ほんと、足腰が丈夫なうちに訪れておいた方がいいのがアンコール遺跡だ。
12 31(土)
ことしもありがとうございました:The last day of year-2011.
[ 五次元的思考之蒙昧:Diary]
カンボジア旅行記終わらなくてすいません(笑)。来月には終わらせたいな……
来年もよろしくお願いいたします。
投稿者 OGREjp : 23:37 コメント (0) トラックバック (0)
11 13(日)
ベトナム・カンボジア旅行記 4日目(2)
[ 旅行記:Travel]
南大門。
この門をくぐった先がアンコール・トム、「大きな町」という意味の地域になる。ある程度守られ続けていたアンコール・ワットと異なり、戦で敗れたクメール王朝がその都であったここを放棄してからは人も絶え、フランス植民時代までほとんどジャングルに埋れていたのだという。その中央に位置するのが「バイヨン」。
幾重にも連なる石柱がカッパドキアのような自然の異形にも見える。通りすがりでは大きさがいまいちピンとこない(むしろ「小さいなー」ぐらいに思っていた)のだが、車を降りてかつて内堀だった芝生を歩いて近づいてみると、尋常ではない存在感を感じるだろう。
正面の入り口は東を向いている(アンコールワットを除くほとんどの寺院がそうなっているそうな)。修復工事中の脇を通って一番外側の回廊が第一回廊だ。古代王朝の戦いや、ラーマヤーナのエピソードが描かれてたレリーフが綺麗に残っている。その時代、伝説の叙事詩と自分たちの歴史は、彼らの中でつながっていたのかもしれない。
戦争の背後には、動物が遊び、漁をして獲た魚を調理する「日常」がある。
延々と続く回廊に、ゾロゾロと流れ込む観光客。ここでも中国と韓国からの団体客が目立った。
第一回廊から見上げると主塔はこんな感じ。あそこまで登っていく。
破風の上からカーラ(首だけの悪魔)がのぞく。カートゥーンの悪役のようなコミカルな表情が面白い。
大きな階段を這い上がるようにして登っていく。第三回廊の内側が一番上のレベルだ。塔の林の中に、自分も取り込まれていく。周囲を見渡すと、先ほどまで見上げていた塔が同じレベルでずらりと見える。その上には顔、顔、顔。全ての塔が四面仏塔なのだ。
つづく
10 30(日)
ベトナム・カンボジア旅行記 4日目(1)
[ 旅行記:Travel]
カンボジア2日目。
今回の旅行のメイン・イベント、アンコールトム、アンコールワットの観光だ。今日もそこそこ歩くはず。まずはしっかりと朝ごはんを食べる。
やはりこの時期(雨期)は観光客も少ないのだろうか。朝食に出てくるゲストはまばらで、種類豊富なブッフェからゆったりと選ぶことがてきた(まあ、のんびりルーム・サービスを楽しむという手もあるのだが)。ヌードルスタンドでベトナムのフォーに似たライスヌードルを、エッグスタンドでお好みの卵料理を。オレンジジュースはその場で搾りたて。いいね、贅沢で。
ガイドさんと車に乗って北へ。昨日と同じようにアンコールワットを横目に、午前中はアンコールトムへ向かう。昨日は車で通り過ぎた参道の手前で車を降りると、橋の向こうから四面仏塔の大門が僕様たちを見下ろしていたのだった。
かつては水をたたえた堀があり、そこにかかっていたという橋を渡る。欄干には乳海攪拌の伝説からとった、蛇を引っ張る神々の姿。汚れ、崩れ、一部はなくなり、別の部分は新たに作り直されている。時を刻み続けた遺跡は、そのままにしておけば崩れ去ってしまうもの。さりとて修復してしまえばそれはもはや遺跡ではない。そんな葛藤が感じられなくもない。
橋を渡り終わったところに南大門の四面仏塔が鎮座ましまつる。昨日、車の中から見たはずだが、ゆっくりと見上げると迫力はまたひとしおだ。
保存状態も良く、口角に浮かべた笑みの様子がよくわかる(まさにこれがクメールの微笑み、というところだろうか?)。観音菩薩をあらわしたもので、四方の世がすべて平安であるようにとの祈りが込められているのだそうだ。
しかし今のところ、それには56億7千年ほど待つ必要があるかもしれないよなぁ。
写真が多いと重いので、ちょっと小刻みにいきます。
つづく
10 29(土)
ベトナム・カンボジア旅行記 3日目(6)
[ 旅行記:Travel]
プレループを後にし、車は一路シェムリアップ市街へと向かう。半日動き回って、どうやらこうやら夕飯の時間なのだ。この日のディナーはReahooという、こぢんまりとしたホテルに併設のレストランでカンボジア料理をいただく。ドリンクは別料金。まだ明るいが、ビールだ。当然だろう?
カンボジア料理、あるいはクメール料理、というのは不明にも食べたことがない(少なくとも意図して食べた記憶がない)ので、どんなものであるかちょっと楽しみであったのだ。まず一皿目はナスの味噌炒め。しょっぱなからかなり和風だ(笑)。甘味噌にわずかに香辛料、ピーナッツが入って、南国風ではあるがたいへん食べやすい。
季節はずれだからか時間が早いからか、他に客もいないので、一度コースが始まるとどんどん出てくる。魚のつみれのスープに、青マンゴーのサラダ。青パパイヤではなくマンゴー、というのは初めてだったが、だいたい同じような感じ。
食事込みのツアーは、なにも考えなくていい反面、なんだか謎なものにチャレンジする、という楽しみは少ない。もっとも、一人旅行でチャレンジし、地雷を踏むと目も当てられない、ということもあって、最近は滅多なチャレンジもしないのであった。だったらまあ、これでもいいか、というところである。
レストランについた頃にはまだ明るかったのに、食事をしているうちにすっかり暗くなってしまった。腹ごなしというわけでもないのだろうが、「ナイトマーケット」という観光客相手の市場に立ち寄った。周囲にはレストランもたくさんあるのだが、マーケット部分は基本的に夜しか営業してないのだそうだ。
ツアー会社提携らしいお土産物屋さんを見せられた後にマーケット内をぐるり散策。お土産とかを買ってしまっても良かったのだけれど、まだこの国にはなにがあるのかよくわからない状態で、結局手ぶらで終了。こゆのは2日目ぐらいに入れて欲しいかなぁ。
なんでだかドクターフィッシュが大流行り。あっちでもこっちでもやっていた。
フリー旅行であれば、この辺でダラダラ遊んでも面白いかもしれない。
つづく
10 10(月)
ベトナム・カンボジア旅行記 3日目(5)
[ 旅行記:Travel]
初日最後の見学ポイントが「プレループ」。東メボンの南にある遺跡だ。こちらもそう大きくはないが、3層構造のピラミッド型の寺院は、見上げるほどに巨大な印象を受ける。

下の方に座ってる人と比べて大きさが分かる。
見上げるとこんな感じ。石段が大きいので登るのも一苦労だ。
一番上とか、もう殆ど絶壁。
頂上からは、遠くジャングルの彼方ににアンコールワットを望む。この時はあまり天気が良くなかったが、夕日見物のポイントでもあるそうだ(夕日を見るのなら、乾期を狙って来た方が良さそうだが)。
このプレループは、古代の火葬場の跡だと言われていて、薪を組んで火葬をした、と言われる場所や、灰を流した、と言われる場所がある。まあ、実際堂だったのかはよく分からない。
壁面に残る女神像は、漆喰でつくられていて保存状態が良くない。わずかに残った女神の微笑みが映すのは、なんだろうか。
つづく
10 01(土)
ベトナム・カンボジア旅行記 3日目(4)
[ 旅行記:Travel]
ニャック・ポアンをあとにして、次に向かったのは「東メボン」と呼ばれる寺院跡だ。こちらもあまり人気が無いのか、人影はまばら。でも見るべきところも多く、ゆっくりと鑑賞できる。

もともとこの寺院は、「東バライ」と呼ばれる広大な人工湖(貯水池)のただ中に建つものだったという。(だから一段目がやや高い位置にある。)アンコール遺跡を挟んだ反対側には「西バライ」という貯水池が健在だが、「東バライ」はとうの昔に枯れてしまった。だからこそこの東メボンにも車でアプローチできる、というもの。
写真右手前に座っているのがチケットチェックの係員だ。小さい遺跡にも必ずいて、チケットを確認される。
破風のレリーフが綺麗に残っている部分もある。レンガ(日干し煉瓦)に漆喰を塗り、そこへ彫刻を施している。レンガにあいた多数の穴は、漆喰を定着させるための穴。とはいえ1000年も前の話、残っているのは扉(これは偽扉)や破風のわずかなレリーフだけだ。
主祠堂には、今は仏像が安置されている。煉瓦で作られたピラミッド状の構造が内側から見て取れる。かつては低い位置に屋根があったとみられているそうだ。(屋根は木でできていたので崩れ落ちてしまったらしい。)
四隅に象の像がそのまま残る。ガイドさんと比べると大きさがわかると思う。
明日はプレループをご案内します。
09 25(日)
ベトナム・カンボジア旅行記 3日目(3)
[ 旅行記:Travel]
まずはプリアカーンの続きから。

樹がからまる楼閣を東側へ抜ける。裏参道にあたるこちら側でも、リンガを模した灯籠のようなものが立ち並ぶ。観光客もすくないのか、地元の子どもたちが遊んでいたり、犬が寝ていたり、していた。

ぐるりと回って待っていた車に乗り込み、次の遺跡まで10分ほど。地図で大体の場所は分かるものの、なんかもう頭の中で縮尺が正常に把握できていない感じがしてくる。遺跡が持つ石の重厚感と、厚く広がるジャングルのせいかもしれない。
車を降りて、赤土の通路を歩き始めると、すぐこんなことになってしまった。雨期の間はこうして水浸しになってしまうのだという。乾期の間や、雨が少ない時は普通に歩けるのだそうだ。渡り板がある辺りは(普段は通路だというのだけあって)大した深さではない(落ちてもスニーカーとソックスを無駄にするだけで済むだろう)のだが、場所によっては深そうだ。なので、
漁をするおっさんがいたりする。
普通に見てても湖にしか見えないのだが、これはただの「水たまり」。
さて、ようやくニャック・ポアン。中央に聖池があり、東西南北に4つの池がつながる。中央からそれぞれに水が流れ出し、それが病を癒したのだという。周囲には薬草が生え、療養所のような役割を果たしていたのだという。今は近所の子どもたちが泳いで遊ぶ。
とぐろを巻いた蛇を模しているという中央の池。乾期にはここも歩いて渡れるそうだ。
4方向の池への吐水口には、それぞれ獅子、牛、人間、象の面が模られ、口から水が出る仕掛けになっていたという(今は流れない)。高度な治水技術があってこそ成り立つ遺跡であり、かつて水を操って王国となしたクメール王朝の栄華を伝えるものなのだろう。
子どもの物売り達にまとわりつかれながら元来た道を戻る。次の遺跡は東メボンだが、キリのいいところで、つづく。


















