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2004
10 03(日)

アフター・アフターダーク

[ 二次元的行間之隙間:Book]

最初に、自分の立場をはっきりいさせておきましょう。
「僕の好きな村上春樹作品は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『ねじまき鳥クロニクル』」です。
信仰告白おわり(爆)

さて、世の中的に微妙な反応らしい『アフターダーク』。読まれた方ならご理解頂けると思いますが、各界に衝撃を与えて書評欄を埋め尽くし、大ベストセラーになるような物語でないのはマチガイありません。
2周目読了(自分は物語モノは必ず二回読みます)したあとで前回の感想(えーと、9月の25日のブログ参照)を読み返しても、自分のファーストインプレッションがそんなにずれているとも思わないでいます。

「これまでの村上春樹と何が違うのだろう?」

まさか、出版不況の影響でプロモーション予算がなかった、などという話ではありますまい。
首をひねりながら、googleキーワードつっこんで、いくつかの感想サイトを歩いて回ってみました。
(参照させて頂いた感想サイトは末尾にURLを置かせて頂きます。ブログにはトラックバックさせてもらいました。)

一件一件の感想・ブログにツッコミをすることは野暮なのでよしますが、(やるなら直接コメントしますよ、ハイ。)概ねの感じとしては、「わざわざブログやスレを立てる人は好意的、感想掲示板に書く人の半分は否定的」といったところでしょうか。ハードカバー本をわざわざ買ったと言うことは、母集団的には村上春樹ファンか、少なくとも嫌いではない方がほとんどだと思います。
まあ、ブログや1の人が好意的なのは何となくわかります。好きなものだから紹介する、というのがあるでしょう。好きな人なので好きな人どうしリンクが張られてgoogleスコアが高くなる、正のフィードバックです。ブログでこき下ろしても、こき下ろす人どうしがリンクする利点ってあまりありませんから(嫌な感想をわざわざ探したりもしないでしょ?)、まあ、どこかにはあるんでしょうけど、さすがにgoogleサーチの3ページ目以降を見る元気はありませんでした。(3つもキーワードかけてるのに、ずいぶんひっかかりますよね・・)

さて、そんな訳で、自分の感覚としては「意見が分かれている」という印象が強いこの作品。(それに言及しているブログもありました。)自分にしても、この物語は微妙に感覚からずれていて、首をかしげながら読んでいるようなところはありました。

その原因はなにか? 
考えてみました。

ひとつには、その「脚本的」文体があります。(これは、前の感想でも書きましたけど。)
これまでの村上春樹作品が「僕」という一人称を(しかもそれは決して「俺」ではなく)多用していたのと対照的に、この物語では「カメラ視点」という特異な視点を具体的に取り込んでまでその有り様を変化させている。「ロードムービー的」「脚本的」「演劇的」、もっと言ってしまえば「映像的」、もっともっと極端に言うと「漫画的」。小説の読者にとって、その視点の自由さは比較的読者の自由にできる領分であるはず。それをねじ伏せて「ハルキ流」の視点を強制されることに、ものすごく「ストレス」を感じることになるのでしょう。それは読者の想像力の一部を奪う方法でありながら、同時に最大限に想像力を働かせないと「ついていけない」ことになる。慣れるまでは、その情景を具体的にイメージするのに時間がかかり、物語のテンポが掴めない。村上春樹という作家のファンで、その物語をジックリと読もうとすればするほど、そのギャップにとまどうことになる。(まあ、一度慣れてしまえば問題ないんですけどね。)
作家が読者に苦行を強いる理由があるとすれば、それはそこに作家が表現しようとする何かがある、ということでしょう。それがなにか、(例によって)イマイチ掴みかねるのでより一層納得がいかないのです。(納得いかないので、人によっては怒りだすのでしょうな。)

二番目は、その「古さ」。前の感想でも書きましたけど、それが自分にとって「ファンタジー」と感じられるのであれば、話が60年代安保(僕、生まれてネェよ)だろうとバブル期の青山(見てみたかったなぁ)でも古さは感じないものです。しかし、それが現代の「大都会」(自分は渋谷だと考えていますけど)にあって、デニーズやセブン・イレブンの中にあって、携帯を手にして語られる言葉にしては、ちょっと古くさすぎるのですよ。

まあ、もっとも、村上春樹という作家にとって、デニーズだろうが渋谷だろうが携帯だろうがタカナシの牛乳だろうがコンピューター・エンジニアであろうが、それは単なる記号であって何でもいいに違いありません。だから舞台となる都市名だって明示されていないし、日が昇って全てが明るく照らされる前に物語は終わる。しかし、それにしても、この物語は現実に“近すぎる”のですよ。
そのくせ、近すぎるわりにヘンなところがズレてましてね、デニーズに入った時に「デニーズへようこそいらっしゃいました」なんて声をかけられることは絶対にないのです。少なくとも我々の世代のコモンセンスとしてはありえない。(そお、思いません?)デニーズの挨拶といえば「いらっしゃいませデニーズへようそこ!」でしょう?わざわざデニーズに出かけて取材したので間違いありません。(もっとも、終電が過ぎたあとのデニーズでは違うのかも知れませんケド。)まあ、村上春樹がデニーズを取材してるなんてのはあんまり絵になりませんけどね。ちなみに、今のデニーズにはチキンサラダなんてありませんでした。(シーザーサラダ風チキングリルならありましたが。)
もっとも、これがジョナサンだったら「ジョナサンはドリンクバーなのでコーヒーのおかわりなんざ持ってこない!」っていう微妙なツッコミが発生したところだったんですけど。

あとは、トラブルシューティングのために夜を徹して仕事をするSE。そりゃいいんですけど、そんなSEが自分をゴルフのトップ・プロに例えるなんざオヤジっぽすぎますし、だいいち思考より早くキーを叩いてトラブルシュートするなんてことはマア普通あり得ない、あまりにプロトタイプ的な「コンピューターのプロ」のイメージでしょう。それに、夜を徹してトラブルを解消したら、そのまま朝までいないと技術者としてマズイでしょ、やっぱり。(だいいち、本当にそんな状況ならノンキに女買ったりするようなヒマねぇっつうの。)

「地下室でのジャズの練習」というのもいかにも今っぽくないし、眼鏡をかけた女の子が難しそうな本を読んでいるっていうのもいかにもありえなさそうだ。(眼鏡っ娘萌えを狙ったんでもないだろうに・・)リダイヤル機能のトリックなんて推理小説だって今時使わないし、力任せにクリックしたアイコンで偶然にソフトが動作する、なんてのもテレビドラマ的だ。うーむ、文句ばっかり言っているわりにはよく覚えているじゃないか、自分(笑)

そんな感じで、現実に近いクセに微妙にリアリティがない。むしろ、あえてリアリティをひとひねりしているような、そんな感じなんですよね。

そう考えてみると、この物語はやはりハルキ流ファンタジーの系譜として読むのが正しいのだろうか。つまり、頭の中の「フィクションレベル」をある程度切り替えておかないといけない。(島本和彦:吼えろペン4巻参照) そういう作品になれているとそれも苦にならないのだろうけど、一見して現代ドキュメンタリー風モノと判断するとそのギャップに苦しみ、怒ることになる。この作品に対する割れる評価というのは、そういうところから来ているのかも知れないナァ、と思いました。

http://af-site.sub.jp/blog/archives/000198.html
http://yukiya.main.jp/archives/000274.html
http://members.jcom.home.ne.jp/tana-masa/kansou/afterdark.htm
http://l.gree.jp/?mode=listing&act=bbs_form&list_id=12065
http://graffiti.oops.jp/blog/archives/000813.html
http://cgi.f16.aaacafe.ne.jp/~medalgm/syohyou/word0002.html
http://blog.livedoor.jp/freerider/archives/6648705.html
http://blog.livedoor.jp/groovegrease/archives/6820135.html
http://www.heartfield-web.com/item_212.html

投稿者 ogre : 2004年10月 3日 00:35



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